ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える

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zoom RSS 「キューピッドとふしだらなクローリが」

<<   作成日時 : 2016/06/06 16:04   >>

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ソプラノ用のコンティヌオ・カンタータということですが、残念ながら音源がありません。


「キューピッドとふしだらなクローリが」(Poiché giurano Amore e Clori infida)HWV148

1707年にローマのルスポリ侯爵邸で作曲されたということです。
作詞者の名前はわかっていません。


歌詞大意。
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頭から終わりまで嘆きどおしの歌です。
歌詞の男性主人公はクローリに恋をしている(すなわちキューピッドの矢に射られた)にもかかわらず、相手は他の男を渡り歩いてこちらに向いてくれない。だから「キューピッドとふしだらなクローリが」結託してオレに戦いを挑んでいる、と考えているわけです。
第1曲のレチタティーヴォは、15行が切れ目のないワンセンテンスですが、どういう状況かの説明になっています。
それにしても、鳥や獣が恐れをなして逃げてしまうような嘆きはすごいものだったのでしょう。

第2曲のアリアは岩に向かって歌われていますが、この岩は大理石だと思われます。なぜなら、「名人の手によって強さと魂と勇気がもらえ・・・」とあります、すなわち優れた彫刻家によって彫像につくり上げられ後世に残る、のは大理石でしかありえないですね。
ところで、この「名人の手」は原文で「mano maestra」です。マエストロではなく、マエストラと女性形になっているのはなぜ? 誰か高名な女性の彫刻家がいましたっけ? と悩みましたが、これはどうもアリアの1行目の「alpestra」と韻を踏ませるためらしいと思い当たりました。だからここはあまり深く考えず、ミケランジェロやベルニーニなんかのことだと思えばいいのかなと。

フィレンツェ・シニョーリア広場にあるミケランジェロ作の「ダヴィデ像」。ただしこれはレプリカで、本物はアカデミア美術館にあるのでした。
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大理石ならこんな風にダヴィデ像になって勇気と魂と後の世まで伝わる命がもらえる、それにひきかえこのオレは・・・とぼやいて第3曲のレチタティーヴォへとつながります。

歌詞の後半は、本当はもう死んでしまいたいのだけど死ねないことの理由づけです。
ひと思いに死んでしまえば楽なのに、そう簡単には行かない。長い間死の苦しみが継続するにちがいない、と主人公は状況判断しています。
それはなぜか。彼の考えでは「死もまた彼の敵であって、キューピッド=クローリ連合軍の悪辣さを見習おうとしている」からなのですね。
そんなように述べていますが、本音を言えばまだまだこの世に未練があるのかもしれません。だからこそ「死にたいけれど簡単には死なせてもらえないから生きているほかはない」などと言い訳していると考えるのが一般的。

まあ、このブログの筆者にしても、この世に未練がたっぷりある俗物であり、他人のことは言えませんが。




参考資料

書籍
ELLEN T. HARRIS 「Handel as Orpheus」 HARVARD UNIVERSITY PRESS(2001)


追記
コメントでREIKOさんからご教示いただきました。「mano maestra」の件です。
「mano」は女性名詞なので後につく形容詞も女性形になる、ということでした。ちょっと辞書を引けば理解できることを、そうせずに悩んだり間違ったりするとは、まだまだ修業が足りません。






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
これはまた、愛のことで死ぬの生きるのとグダグダ?言っている、オペラやカンタータのアリアの典型ですね。
まことに辛いものですが、恋愛を経験することによって、自分自身や人生を見つめる感性が磨かれるのも確かだと思います。
それで、「mano」は「o」で終わっていますが、女性名詞なのです。形容詞が女性形になっているのはそのためです。
定冠詞をつけると単数形が「la mano」、複数形が「le mani」で、イタリアのポップスによく出てくるので、「ラマーノ」「レマーニ」と音で覚えてしまいました。
イタリア語では体の部分を表す単語に、単複の形や性で変則的なものが結構あります。
REIKO
URL
2016/06/08 23:05
REIKOさん
ごぶさたしています。ご活躍の由、伺っております。

ご教示ありがとうございます。manoは女性名詞でしたか。「manoくらい分かる」と横着して辞書も引かなかったのが間違いのもとでした。冠詞がついていてくれれば、あれ、と思って気がついたのでしょうけれど。
koh da saitama
2016/06/09 11:10

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