「だめだ、あんたがたなんか信頼したくない」(No, di voi non vo'fidarmi) HWV189、HWV190
同じタイトルで2作品あります。
どちらも二重唱曲で、HWV189は二人のソプラノによって、HWV190はソプラノとアルトによって、それぞれ歌われます。歌詞は2作品同一ですが音楽は別のものです。
伴奏は通奏低音のみ(ヘンデルの室内声楽曲中、二重唱・三重唱曲はすべて通奏低音のみの伴奏です)。
3曲に分かれた短い歌詞が、二人の歌手によって掛け合いのように、かつ同じ歌詞を何度も繰り返して歌われますが、それが非常に魅力的に思えます。
演奏時間はCDによって若干の相違があり、わたしの手持ちCDでは、HWV189(2種類)が5分35秒と6分ちょうど、HWV190(3種類)が7分30秒、7分45秒、7分59秒となっています。HWV190の演奏時間がやや長めの感じ。
歌詞の大意です。
<第1曲>
No, di voi non vo'fidarmi, だめだ、あんたがたなんか信頼したくない、
cieco Amor, crudel Beltà ! 無分別のキューピッド、つれないヴィーナス!
Troppo siete menzognere, あまりにもでたらめだ、
lusinghiere Deità. 調子いい神さんたちよ。
<第2曲>
Altra volta incatenarmi お宅さんらは前に一度ぼくの誠実な心を
già poteste il fido cor: 見事にとりこにした。
<第3曲>
So per prova i vostri inganni, ぼくはあなたたちのインチキを経験して、
due tiranni siete ogn'or. お二人ともがとんでもない人たちだと知ってますよ。
歌詞が短いので原詞も打ち込んで、対訳風にして見ました。
<第1曲>、<第2曲>・・・というタイトルはわたしが便宜上付けたもので、原詞にはありません。
原詞2行目最後の語「Beltà」は、CDのブックレットによってはイニシャルが小文字「beltà」になっています。というか小文字の方が多いのです。英訳を見ても2:3で「Beauty」は「beauty」より劣勢です。
大文字だと「美の神」ですが、小文字だと単に「美人」とか「可愛い娘」とかの可能性もあります。
それで、この部分はどう表現するか、ちょっと迷いました。
ところが、もう少し後、4行目の最後の言葉に「Deità」というのがありますが、この言葉の英訳は「Gods」、「Divinities」、「Deities」と、どのCDブックレットもすべて複数形です。すなわちAmorとBeltàを指す「神様たち」ということだと思われますので、「beltà」とあっても「美の神」と解釈してもよさそうです。そこでこの「Beltà」は「ヴィーナス」と表現しました。
これらの作品の一般的な日本語のタイトル(インチピト)は、「信じたくない、おまえたちなんて」というものですが、相手はキューピッドとヴィーナスなので、神様に向かってお前呼ばわりしていることになり、まずいと思います。
せめてもう少し相手を立てる呼び方が必要なので、ここでは「あんたがた」、「お宅さんら」、「あなたたち」などと表現しました。
この歌詞の内容から想像するに、こんなことがあったのだと考えられます。
主人公はかつて、キューピッドが射た矢に当てられて恋に陥りました。その矢はキューピッドが適当に放ったものだったのですが、そんなこととは知らぬ主人公は真面目にその恋を育もうとしました。
ところが、相手からは見向きもされず、失恋してしまいます。キューピッドが後先を考えずにやらかしたことなので、当然そういう結果もありうるのですね。
頭にきて、ヴィーナスのところへ行き、「あなたも『愛と美の女神』なんだから、何とかしてくださいよ」などと抗議したのですが、「色恋沙汰は息子のキューピッドに権限委譲しているから、わたしは知りません」などど冷たくあしらわれてしまいました。
それで「無分別なキューピッド、つれないヴィーナス!」という歌詞になったのです。
しかし、ここへきてまた恋の兆しが生じたりしたので、「もうあの親子は信用でけへん、危ない危ない」、「♪もう恋なんかしたくない、したくないのさ」などど考えています。
ただ「信頼したくない」というのは微妙で、「信頼したくない」けど「また信頼してしまいそう・・・」といった雰囲気がいくらかあるようにも思えます。
キューピッドとヴィーナスの画像は数えきれないくらいあります。
ここでは、ヴェネツィア派の巨匠・ティツィアーノの絵をあげておきます。
ヴェチェッリオ・ティツィアーノ(1490-1576) 「Venus and Cupid with Organist」
これは有名な絵ですが、不思議なものです。
「どこ見てんの」と叱られそうなオルガニストの視線もさることながら、遠景で抱き合っている男女は何なのでしょうか。
いつも、どういうことなのだろうか、と考えてしまいます。
2曲の二重唱曲のうち、HWV189の音楽はのちに「メサイア」に転用されています。転用関係を表にまとめました。表をクリックすると拡大できます。
参照したCDは以下のとおりです。
HWV189
1.エマ・カークビー、ジュディス・ネルスン(ソプラノ)、クリストファー・ホグウッド、スーザン・シェパード(通奏低音)
オワゾリール430282-2(1981)
2.ローラ・クレイコム、アンナ・マリア・パンザレッラ(ソプラノ)、エマニュエル・アイム指揮コンセール・ダストレ
ヴァージンヴェリタス7243 5 45524 2 7(2001-2002)
HWV190
1.マリア・ザードリ(ソプラノ)、ポール・エスウッド(カウンターテノール)、C.ファルヴァイ、P.エラ(通奏低音)
フンガロートンHCD12564-65-2(1984)
2.ジリアン・フィッシャー(ソプラノ)、ジェームス・ボウマン(カウンターテノール)、キングズ・コンソート
ハイペリオンCDA66440(1990)
3.イサベル・プルナール(ソプラノ)、ジャン・ルイ・コモレット(カウンターテノール)、イル・ディベルティメント
アストレE8577(1995)

この記事へのコメント
REIKO
2ヶ月後にもう転用したんですか・・・
世俗曲⇒宗教曲への転用はあっても、その逆は無いと言いますが、ちゃんとそのルール?にそっていますね。
このティツィアーノの絵は良く目にしますが、記事を読むまでは遠景で抱き合ってる男女のことは気づきませんでした。
その少し手前には角が立派な鹿がいるし・・・何か意味があるんでしょうね。
性愛の象徴とかそんなとこではないかと。
オルガニストは気もそぞろで、ちゃんと演奏してんのか!?と思いますが、曲目が気になります。(笑)
koh da saitama
いつもコメントと気持玉ありがとうございます。
あまり流行らない当店にとっては貴重なお客様です。
>世俗曲⇒宗教曲への転用はあっても、その逆は無い
だいたいそういう傾向らしいですね。
ただバッハは、マタイ受難曲の音楽を、昔世話になったケーテン侯レオポルド殿下の葬送音楽に転用していたことが証明されているので、ルールを破っています。ヘンデルはどうだったのでしょうか。
テツィアーノの絵、右の方には孔雀もいるみたいです。何かの象徴だと思いますがよくわかりません。
か~の
こちらの二重唱を歌わせていただく機会がありますので、紹介させてください。
♪・♪・♪・♪・♪
第2回代官山音楽会
2015年9月23日(水・祝)14:00開場、14:30開演
日本基督教団 本多記念教会(東横線代官山駅から徒歩6分)
http://home.e03.itscom.net/hondamem/
こちらの二重唱のほか、バロックハープによる演奏や器楽アンサンブル、弦楽四重奏などお楽しみいただけます。よかったらご来場くださいませ♪
ちなみにこちらの二重唱、非常に難しくて、あまり演奏される機会がないのも納得!な難しさなのです(^^;)ゞ
koh da saitama
「やすおん」楽しかったですね。今回はまたご連絡ありがとうございます。
9月23日は一応予定が入ってるので、たぶんお伺いできないと思います。申しわけありません。
来場される聴衆の方々に「大体こんな意味の歌詞です」とわかっていただくため、上の日本語解釈を自由に使っていただいてもかまいませんよ。わたしのへたなものでよければ、ですが。