ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 「とても有難いことでしょうよ」

<<   作成日時 : 2016/02/27 16:12   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

久しぶりに音源のある作品です。アマゾンのページで見つけました。
CD2枚組の「エイシスとガラテア」HWV49aの余りトラックにはめ込んだ、まあ埋め草のようなものです。埋め草であろうとなんであろうと、おそらく他には録音がないと思われるので、これはとても有難いことです。

「とても有難いことでしょうよ」(Sarei troppo felice)HWV157


この作品は1707年、ローマでパンフィーリ枢機卿のために作曲されたソプラノ用のものですが、ヘンデルのカンタータとしてはごく初期の作品のひとつです。
一方カップリングされている(というか、こちらがメインですが)「エイシスとガラテア HWV49a」はロンドン近郊のシャンドス公爵邸で1718年に作曲されました。

ヘンデルの生涯において1706年から1720年頃までは貴族の後援を受けて活動していた時代です。
イタリアではルスポリ侯爵やパンフィーリ、オットボーニ、コロンナ各枢機卿、ドイツではハノーファー選帝候、英国に渡ってからはバーリントン伯爵やシャンドス公爵が彼のパトロンとして存在していました。

このCDには、ヘンデルがパトロンから庇護を受けていた時代の、最も早い時期と最も晩い時期に生まれた作品がペアで収録されていることになります。
「エイシス・・・」を収めた残りの空きトラックに何を入れるかを考えたときに、ごく初期のイタリアンカンタータにしよう、というようなことを思いついたのでしょう。

曲の伴奏は通奏低音のみで、演奏時間は10分17秒。
歌詞の大意は次のようなもの。作詞者はベネデット・パンフィーリ枢機卿です。

画像


歌詞の形式として特徴的なことがふたつあります。

ひとつは終曲がレチタティーヴォであること。こういう形はめずらしく、レチタティーヴォまたはアリオーソで終わる作品はカンタータ98作品中4作しかありません。
本作品以外ではHWV172HWV175HWV176を数えるのみです。
エレン・T・ハリス女史によると、これらの作品はすべてイタリア時代の初期のもの、1707年以前に作曲されている。それ以降の年代になると、レチタティーヴォとアリアのペアがいくつか組み合わされたテキストに曲がつけられているようになった、ということです。

もうひとつの特徴は、歌詞中のフレーズが繰り返し現れる、ということです。冒頭の3行がその後3回繰り返されています。こんな歌詞を持つ作品も多くはなく、本作品の他にはHWV84HWV102HWV125HWV146HWV163HWV171があるのみです。
ハリス女史は、歌詞の繰り返しも1707年以前の作品に多いので、成立年代が不明確な作品でも歌詞に繰り返しが見られる場合には同時代のものと推定できる、と述べています。

レチタティーヴォで曲が終わる形も、繰り返しがある歌詞も、1707年頃成立した作品の歌詞に共通して見られる、ということは、そのころそういう形式が作詞の技法として流行したのかもしれません。

歌詞の内容は典型的な「パストラール物」で、クローリとフィレーノが揃い踏みしています。
クローリが恋しているフィレーノは不実なヤツで、クローリの気持ちはわかっているのに他の女に手を出すよくあるパターン。それならもうきっぱりと手を切ればいいのにそれができないので悩む、というこれまたお決まりの形です。

レチタティーヴォに何度も繰り返し現れるフレーズはため息のようなものか、あるいは、詮無いことと知りつつもつい口に出てしまう愚痴なのか。
最後のレチタティーヴォにある「un dio tiranno(暴虐な神)」とはキューピッドのことを言っているのですね。

よくあるパターン、よくある状況を歌っているものですが、なかなかいい歌詞だと思います。さすがはパンフィーリさん、というところ。

下の絵はベルギーの画家 Frans FRANCKEN U(1581-1642) の作品「Arcadia: a Pastral Landscape」。
画像


この絵の中には大勢の若い男女が描かれています。
男が女を口説いているようなカップルがいるかと思うと、なにやら女性が男性に迫っているようなペアも。
この中にクローリとフィレーノがいても不思議ではないように思えますね。




参考資料
CD
 アマンダ・フォーサイス(ソプラノ)、ボストン・アーリーミュージック・フェスティヴァル・アンサンブル
 「ACIS AND GALATEA」cpo 777877-2 (2013)

書籍
 ELLEN T. HARRIS「Handel as Orpheus」HARVARD UNIV. PRESS(2001)










テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
繰り返される三行の詞がとても印象的ですね。
こういう気持ちは、人間なら時代を問わず持っていると思います。そうであれば…と願ってはいるけれど、どんなに文明や科学技術が発達しても、未だに手にできていない能力なんですよね。
ここは「現在の事実に反する仮定文」になってますが、イタリア語を勉強してる時、この種の文で使う「接続法半過去」だの「条件法」の動詞の活用が面倒で(条件節が接続法で主節が条件法…とか、紛らわしい)、当初は苦労しました。しかしそのような言い回しは歌詞に良く出てきて、たまたま気に入ったイタリア語のポップスを一緒に歌っているうち、いつのまにか「例文」として覚えてしまいました。
このカンタータもそういう用途に使えそうですね。
REIKO
URL
2016/02/28 13:20
REIKOさん
この繰り返しの歌詞は、「言うまいと思えど・・・」のような感じで、しようがないと思いつつ、つい口に出てしまうせりふなんでしょうね。

接続法、条件法、難しいです。
歌詞を例文としていくつも暗記してしまえばいいのですか。これは確かに勉強になりますね。
すぐに英訳を見てしまうのでダメなんですが。
koh da saitama
2016/02/28 17:52

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「とても有難いことでしょうよ」 ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる