ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える

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zoom RSS 「酷い考えはどこかへ行って!」

<<   作成日時 : 2013/04/14 16:31   >>

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今回取り上げる作品は、アルト用のコンティヌオ・カンタータです。伴奏は通奏低音のみで、オーケストラによって伴奏されるカンタータに較べて一見地味な感じですが、じっくり聴くとまことに味わい深いものがあります。

「酷い考えはどこかへ行って!」(Lungi da me, pensier tiranno!)HWV125b

この作品にはHWV125aとしてソプラノ用のヴァージョンもありますが、これはオリジナルのアルト用HWV125bをソプラノ用に移調したもの、ということです。
作曲年は特定できていませんが、ルスポリ侯爵家に残っている写譜屋さんへの支払いの日付は1709年8月31日なので、この少し前に作曲されたのかもしれないのです。しかし、歌詞に語句の繰り返しがあるという性質から、同じ特徴を持つ作品が他にも作曲されている1707年の可能性もあるそうです。
こんな風にはっきりしないのは、ヘンデル自筆の譜が失われてしまっていて、いわゆる写譜しか残っていない、ということによるのですね。
歌詞の作者は誰だかわかりません。
R→A→R→A→R→Aというコンティヌオ・カンタータにしてはややめずらしい構成になっています。楽章が多い分、演奏時間も少し長めで12分くらい。


歌詞大意

<Recitativo>んんんんんんんんんんんんんn<レチタティーヴォ>
Lungi da me, pensier tiranno! んんんんんんん酷い考えはどこかへ行って!
Tu mi vorresti rendere infeliceんんんんんんティルシが裏切り者だと信じさせて
col farmi credere Tirsi un traditore.んんんん私を不幸にしようとしている。
Ma sento, ch'il mio core mi diceんんんんんnだけど心が私に伝えてる、
che non può l'alma si bellaんんんんんんんんiその魂はたいそうきれいだから
esser a me rubella.んんんんんんんんんんんん私に不実をはたらくことは無理だと。
Dunque da questo sen fugga l'affanno!んんんだからこの胸から苦しみを消して頂戴!
Lungi da me, pensier tiranno! んんんんんんん酷い考えはどこかへ行って!

<Aria>んんんんんんんんんんんんんんんんn<アリア>
Pensier crudele, se vuoi ch'io credaんんんんもしむごい考えを信じさせたいなら
ch'ilmio ben Tirsi sia ingannator,んんんんんn素敵なティルシが裏切り者などと信じさせたいなら、
 fa ch'il mio amore teco l'unisca,んんんんんん私の愛がティルシの本心を見抜いた、として
 poi lo bandisca da questo cor.んんんんんんん彼をこの心から追い出してごらんなさい。
Pensier crudele・・・(DA CAPO)んんんんんんもしむごい考えを・・・(ダ・カーポ)

<Recitativo>んんんんんんんんんんんんんn<レチタティーヴォ>
Ma seamor ciò contrastaんんんんんんんんんだけどもし愛が反対して
e'l cor ripugna,んんんんんんんんんんんんんn心も逆らうのなら、
la sua virtù mel vieta,んんんんんんんんんんnそれはティルシ自身の徳が
e la sincerità del suo bel genio;んんんんんん美しい魂の誠実さで私にそうさせまいとしているの。
Non vogliono ch'io credaんんんんんんんんんティルシが不実だなんて
che sia Tirsi ingrato.んんんんんんんんんんん私に信じさせたくないのよ。
Lungi dunque da me, pensier spietato!んんんだから、無慈悲な考えは私から離れてよ!

<Aria>んんんんんんんんんんんんんんんんn<アリア>
Fuggi da questosen,んんんんんんんんんんんnこの胸から飛んで行って、
o barbaro pensier,んんんんんんんんんんんんi野蛮な考えは。
lasciami in pace!んんんんんんんんんんんんん私をそっとしておいて!
 Sebben m'aduli amorんんんんんんんんんんんn愛がへつらい、
 per te consente il cor,んんんんんんnんんんん心が負けて
 perchè ti piace.んんんんんんんんんんんんんんそんな考えを受入れようとしても。
Fuggi da questosen・・・(DA CAPO)んんんんnこの胸から飛んで行って・・・(ダ・カーポ)

<Recitativo>んんんんんんんんんんんんんn<レチタティーヴォ>
Non sa il mio sinceroんんんんんんんんんんん私の誠実な心は信じることができないの、
creder d'error capace un'alma grande.んんん立派な魂が過ちを犯すとは。
Dunque torna, o pensiero,んんんんんんんんんだから帰ってきて、まっとうな考えは、
coi signi a funestar lamente oppressa,んんん苦しめられてる気分を晴らす夢を持って。
e lachia a me la libertade intieraんんんんんんそして完全な自由を持たせて、
di credere Tirsi mio d'alma sincera.んんんんn私のティルシの誠実な心を信じる自由を。

<Aria>んんんんんんんんんんんんんんんんn<アリア>
Tirsi amato, adorato mio Nume!んんんんんん愛しいティルシ、私のあこがれなのよ!
Vieni, o caro, ritornami in sen.んんんんんんnこちらへきて、あなた、この胸に戻ってきて。
 Farfalletta son io, che le piumeんんんんんんn私が蝶だったらその羽を
 ardo al lume del caro mio ben.んんんんんんん愛しいひとの輝かしい光で焦がしてしまうのに。
Tirsi amato・・・(DA CAPO)んんんんんんんん愛しいティルシ・・・(ダ・カーポ)


主人公の女性は、恋人のティルシの言動に疑いを持ち、裏切られたのではないかとうすうす感じています。しかし一方で、そのことを信じたくないという気持も強く、疑念との間で苦しんでいる状態なのです。

「pensier tiranno(酷い考え)」、「pensier crudele(むごい考え)」、「pensier spietato(無慈悲な考え)」、「barbaro pensier(野蛮な考え)」など心に去来する辛い気持は数多くあるようで、第三者的には、こんなにイヤな考えが思い浮かぶようでは、残念ながら疑念は真実だと考えざるをえないと思ってしまいますね。
原詩ではこれらの「考え」を別人格に仕立てて、その人格に語りかけるスタイルになっています。そのとおり日本語にすると、かなりオーバーになって白けてしまうので、そうは表現しませんでしたが。

ヘンデルのカンタータで、女性が男性に向けて気持を表す歌詞の作品は、その逆に比較してそんなに多くはないですが(Harris女史によると10作品)、その歌詞の内容は切なさをより強く感じるような気がします。
この作品でも終曲のアリアで、蝶になって羽を焦がしてしまいたい、と切ない感情を歌っていますが、ティルシはどうもその誠実さに答えているようには思えません。

ところでこの「蝶」とは原語ではfarfallettaです。元の形のfarfallaに-ettaと小さいものを表す接尾辞が付いているので、「小さい蝶」という意味でしょうか。英訳では単にbutterflyとなっています。
この時代の詩の世界では、蝶は火の中に飛び込む、というイメージがあるようですが(他の例は「炎の中で」HWV170)、蝶の飛び回るのは昼間で夜ではない、夜行性で明かりや火に飛び込むのは蛾では?と思っていました。
辞書を引くとfarfalla(farfalleファルファッレの方がパスタの名前にもあるのでなじみ深いですが、これは複数形でファルファッラが普通の単数形)には「蝶」の他「蛾」という意味もあるようです。

「蛾」はあまり詩的じゃないので、ここでは「蝶」にしておきました。英語の「moth」でも同様のことなので、「butterfly」と訳されているのだと思います。

下の絵はドイツの画家 Jan Baptist van FORNENBURGH(1585−1649)の「Flowers」です。
主人公の女性はこんな蝶になってティルシのもとへ飛んで行きたかったのでしょう。
画像




参照資料
・CD
 マリアンネ・ベアテ・キーランド(メゾソプラノ)、ベルゲン・バロック
 「GEORG FRIEDRICH HÄNDEL Solo Cantatas」Ars Produktion ARS38078(2010)
・書籍
 Ellen T. Harris 「Handel as Orpheus」 HARVARD UNIVERSITY PRESS(2001)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
蛾と蝶っていうのは生物学的?に厳密な線引きは難しく、それもそのはず両者は同じ仲間なんだそうです。
日本語や英語はそれぞれに別の言葉を当てていますが、区別しない言語も普通にあり、イタリア語もそうですね。
蛾だけを表す「falena」という語も辞書に載っていますが、普通は蛾も蝶もfarfallaで済ましているのでしょう。
最近、蝶なのか蛾なのか微妙な昆虫の写真を撮ったので、どちらなのかとても気になりツイッターで聞いたら、「ルリタテハ」(つまり「蝶」)だと人に教えてもらいました。
どっちなんだろう、どっちかに決めないと…と思ってしまうのは、日本人的発想なのかもしれません。
REIKO
URL
2013/04/16 18:30
REIKOさん
>蛾と蝶っていうのは生物学的?に厳密な線引きは難しく
そういうことなのですか、昆虫学にはうといので。子供のころは人並みに虫取り(トンボやクワガタ虫など)もしましたが、のめりこむことはなかったです。
いろんな色の羽を持ち、胴体は羽に較べると小さく、昼間にひらひらと飛び回るのが蝶(可愛い系)。夜に明かりにむかって飛んできて、胴体は大きめでぼってりと、色は茶色からグレー系の地味なものが蛾(気味悪系)。
こんな風に勝手に区別していましたが、それはだめでしたか。人間のモンゴロイドとコーカソイドのようなものですかね。
kon da saitama
2013/04/17 13:07

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