ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える

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zoom RSS 「素敵な孤独、愛すべき自由」

<<   作成日時 : 2013/03/24 18:01   >>

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今回の作品はソプラノのためのもので、伴奏が通奏低音のみの、いわゆるコンティヌオ・カンタータです。

「素敵な孤独、愛すべき自由」(Solitudini care, amata libertà)HWV163

そんなに規模の大きい作品ではありませんが、レチタティーヴォがやや長めです。構成はR→A→R→Aという、コンティヌオ・カンタータとしては標準的なものの、演奏時間は12分あまりでそんなには短くはありません。作詞者の名はわかりません。

作曲年はいろいろ説があります。
三澤寿喜氏は1711年から12年頃にロンドンで、としています。手持ちCDのブックレットの解説ではジェフリー・アーネスト(Jeffrey Earnest)氏が、多分1711年にロンドンで、と書いています。またエレン・T・ハリス(Ellen T. Harris)女史は以下のような意味のことを述べています。
この作品はヘンデルの自筆手稿譜がなくなってしまっているので作曲年代の特定は難しい。しかしこの作品にはレチタティーヴォの歌詞に繰り返し部分(リフレイン refrain)があるという際立った特徴がある。したがって同様のリフレインを持つカンタータ数作品がかたまって作曲されている1707年と同時期のものと推定できる。

この「リフレイン・カンタータ」と呼ばれる作品で、すでに当サイトでとりあげたものは、つぎのものです。
「あなたが貞節?心変わりしないって?」(Tu fedel? tu costante?)HWV171
「愛の苦悩と闘うことから」(Dalla guerra amorosa)HWV102a 
「心地よくうれしいそよ風よ」(Aure soavi e liete)HWV84
「わが眼よ、お前たちは何をしでかした?」(Occhi miei, che faceste?)HWV146

リフレインされる歌詞の部分はアリオーソ風に歌われることが多いようですが、当作品でも第1曲レチタティーヴォの最初の2行と最後の2行(ブルーでマーキングしたところ)はやはりアリオーソ風です。

歌詞大意。

<Recitativo>んんんんんんんんんんんんんn<レチタティーヴォ>
Solitudini care, amata libertà,んんんんんんん素敵な孤独、愛すべき自由、
quanto v'adoro.んんんんんんんんんんんんんnどんなに気に入っていることか。
Rinunzio ogni tesoro,んんんんんんんんんんnどんな富も虚飾も名声も
ogni pompa, ogni onore;んんんんんんんんんn私は投げ捨てる。
Cerco pace a quest'alma, e fuggo amore:んんこの魂の平穏を求め、色恋沙汰からも逃げる。
Mia gioia e mia dilettoんんんんんんんんんんnわが楽しみと喜びになるだろう、
sarai, bel ruscelletto,んんんんんんんんんんん美しい小川の流れよ、
che mormorando passiんんんんんんんんんんn草や石の間を
fra l'erbette e fra sassi;んんんんんんんんんんさらさらと行くお前は。
Il canto degli augelli,んんんんんんんんんんんn鳥たちの歌声と
i bei fiori del pratoんんんんんんんんんんんんn草地のかわいい花々は
mi renderan beato;んんんんんんんんんんんんi恵をあたえてくれる。
Qui di cure noioseんんんんんんんんんんんんnここではめんどうな心配事の
non sentirò l'affanno;んんんんんんんんんんん苦労を感じなくてもいい。
Di malediche, inique, insidiose,んんんんんんn中傷、悪意、陰謀や詐欺など
di mille frodi e mille,んんんんんんんんんんんn様々な害悪から
qui sottrarrommi al danno.んんんんんんんんんここでは無縁でいられるだろう。
Così spero passar l'ore tranquilleんんんんんnこんな平穏な時間を過ごすことを望み、
e sol dal ciel tanta fortuna imploro:んんんんn天からのみ授けられる幸せを願っている。
Solitudini care, amata libertà,んんんんんんんn素敵な孤独、愛すべき自由、
quanto v'adoro.んんんんんんんんんんんんんんどんなに気に入っていることか。

<Aria>んんんんんんんんんんんんんんんんn<アリア>
Sei bugiarda, umana speme,んんんんんんんんあんたは嘘つきだ、人間らしい望みよ、
secca il rio, languisce il fiore,んんんんんんん川は干上がり、花はしぼみ、
l'augelletto fugge e muoreんんんんんんんんi鳥は去って死に絶えるじゃないか、
col diletto in un baleno.んんんんんんんんんn喜びは一瞬のことのように。
 Non è gioia senza pene,んんんんんんんんんn苦しみのない喜びはなく、
 nè piacer senza dolore;んんんんんんんんんん悲しみのない楽しみはない。
 Chi più brama gode meno.んんんんんんんんん多くを求めすぎると喜びは少ないのだ。
Sei bugiarda・・・(DA CAPO)んんんんんんんんあんたは嘘つきだ・・・(ダ・カーポ)

<Recitativo>んんんんんんんんんんんんんn<レチタティーヴォ>
Gloria di bella famaんんんんんんんんんんんん普通の人なら高い名声による栄光によって
ingombra il petto del mortale in terra,んんん心に重圧を受ける、
con la penna o con l'armiんんんんんんんんん名を上げたのが文章のためか武力のためか
in virtude o in valor chiaro si rende.んんんん人間性によるか勇敢さによるかは問わず。
E se in vita non lice,んんんんんんんんんんんそれ故この世で幸せが許されないなら
dopo la morte almen sarà felice.んんんんんnせめて死んでも覚えていて欲しいと願うのだ。
Io sventurato, a tutt'il mondo ascosoんんんn私は、不幸にして世に知られた者ではないので、
tanto a sperar non oso;んんんんんんんんんん多くは望まない。
Ma può del fato ad ontaんんんんんんんんんんだがそんな運命も
vincer me stesso,んんんんんんんんんんんんn克服できるし、
e de' pensieri mieiんんんんんんんんんんんんn生まれてこのかたずっと不幸せだったという思いにも
già ch'infelice fui dal mio nataleんんんんんんn知識を持つことで打克ち、
col saper trionfar, farmi inmortale.んんんんん後世にまで名を残すことはできる。

<Aria>んんんんんんんんんんんんんんんんn<アリア>
Bella gloria in campo armato,んんんんんんんn戦闘においては大きな栄光が得られる、
trionfar d'invitte schiereんんんんんんんんんn負けを知らない軍勢を破り、
debellar chi v'ingannò.んんんんんんんんんんn策略をめぐらす敵に勝利する戦闘では。
 Più glorioso e fortunato,んんんんんんんんんんだがそれ以上に輝かしく幸せなのだ、
 chi fa guerra al suo pensiero,んんんんんんんn頭の中だけで戦いを形造り
 e i suoi sensi raffrenò.んんんんんんんんんんn感情を抑える者は。
Bella gloria・・・(DA CAPO)んんんんんんんんi戦闘においては・・・(ダ・カーポ)


第1曲(レチタティーヴォ)・第2曲(アリア)では、求めている理想的な生活が思うようにならず、絶望しています。

主人公が求めていることは下の絵のようなところで暮すことだったのでしょうか。
フランスの画家 Jean-Joseph-Xavier BIDAULD(1758−1846)の「Landscape with Figures Crossing a River」。
画像


思いどおりの生き方ができないためでしょうか、後半のレチタティーヴォとアリアになるとガラリとテーマが変わり、後世までどう名を残すか、が論じられています。
終曲のアリアで、「頭の中だけで戦いを形造り・・・」と言っているので、作家それも戦争文学で有名になりたいと考えているようです。

このアリアの歌詞はなかなかいいことを言っていますね。一般に、実際に戦争を仕掛けようとする者は、前線に出て危険な目に会う気遣いのないようなひとです。自分は安全なところにいて、生身の人間を将棋の駒のように使えるから、戦争しようと思うわけです。駒にされる側はたまったものではありません。
憲法九条を改悪して、日本も戦争できるように、などど考えている人たちにこのアリアを捧げて言いたいです、戦争したいのなら頭の中だけでやってくれ、と。

手元にあるCDのブックレットの解説に、終曲アリアの音楽はオペラ「リナルド」HWV9a(ACT1)でゴッフレードのアリア「Sorva valze」に再利用された、と書いてあります。
実際に聴き比べてみましたが、ビミョーですね。たしかにところどころ同じような旋律が聴こえますが、そっくり転用しているようには受け取れません。なので転用関係のリストは作成しませんでした。


参考資料

CD
・ジュリアン・ベアード(ソプラノ)、ジョン・ドーネンバーグ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、マルコム・プラウド(チェンバロ)
 「G.F.HANDEL Italian Solo Cantatas and Instrumental Works」Meridian CDE84189(1990)

書籍
1.Ellen T. Harris 「Handel as Orpheus」 HARVARD UNIVERSITY PRESS(2001)
2.三澤寿喜「作曲家◎人と作品シリーズ ヘンデル」音楽之友社(2007)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
これはなかなか哲学的な詞ですね。
思わずまじめに読んでしまいました。
「苦しみのない喜びはなく 悲しみのない楽しみはない」のところも、いつもなら恋愛に関して…が多いですが、ここではもっと拡大して人生のことを言っていますね。
聖書にも似たような言葉があったような。
人生って結局、プラスマイナスゼロなのかもしれません。
答えは死ぬ時になって初めてわかるわけですが。
REIKO
URL
2013/03/25 20:48
REIKOさん
これは堅気の歌詞ですね。二重唱・三重唱曲の歌詞には人生訓めいたものもありますが、カンタータではめずらしいです。
普通のカンタータなら後半で、「こんな風な静かな生活を望んでいたのに、また色恋の世界に引っ張り込まれた、どうしてくれる・・・」のような感じになるのですが、この作品はそうではありませんでした。

koh da saitama
2013/03/26 18:38

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