ヘンデルのカンタータ  歌詞の意味を考える

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zoom RSS 「キューピッドは知った」

<<   作成日時 : 2011/12/06 22:13   >>

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またまた「キューピッド物」でまことに恐縮です。ことほど左様にキューピッドはよく登場するのです、ヘンデルのカンタータの歌詞には。
しかし、この作品の歌詞は他の「キューピッド物」とは少し毛色が異なっています。どう異なっているかは、この後も続けてご覧になればご理解いただけると思います。

「キューピッドは知った」(Vedendo Amor)HWV175

この作品はアルトと通奏低音のためのカンタータで、レチタティーヴォ→アリア→レチタティーヴォ→アリア→レチタティーヴォ→アリア→レチタティーヴォというやや変則的な構成、演奏時間は12分30秒前後です。
作曲されたのは、イタリア時代であろうということで、正確な年代は不明のようです。

まずは歌詞の大意を。


<Recitativo>                        <レチタティーヴォ>
Vedendo Amor                         キューピッドは知った、
che per me tesse invano, aveva le sue reti,       俺をヤツの網に絡めとろうとする骨折りが無駄になったこと、
e che , fuggito a caso di sua mano,            俺がチャンスをつかみヤツの手から逃れて
passava i giorni miei contenti e lieti,           ゴキゲンで楽しい日々を送っていることを。
tento dietro mi stette, che suo schiavo mi rese,   それでヤツは俺を奴隷にしようとさらに追跡して来て
e, quando nol pensava, al fin mi prese.          思いもよらぬ時にとうとう俺を捕らえたのだ。

<Aria>                            <アリア>
In un folto bosco ombroso,                 うっそうとした森の中で
io prende a dolce riposo,                  涼しくて暗い夜に
una notte fredda e scura.                  俺は気持ちよく休息していた。
A un tempo così strano,                    こんなとんでもない時刻には
io credea Amor lontano,                    キューピッドは遠くにいるものと思っていたが
ma la mia libertà non fu sicura.                俺の自由は危機に瀕していた。
                                 うっそうとした・・・(ダ・カーポ)

<Recitativo>                        <レチタティーヴォ>
In quel bosco sen venne cheto, cheto          その森の中にヤツは静かに静かにやって来た、
e acciò nol conoscessi,                   そのため俺は気づかなかったのだけれど、
mutò l'arco in balestra,                   弓を投石器に、
in sporta la fartra ove teneva,               矢筒を袋に持ち替え
invece di saette                       その袋の中には矢の代わりに
più picciole pallette                     とても固い粘土の
di terra assai tenace,                    小さい粒を入れ、
e d'Imeneo la face,                      さらにはイメネオの松明の火を
accesa in un frugnolo.                    探照灯のようにかかげてやって来た。
Egli non era solo,                       ヤツはひとりではなく
Eurilla aveva seco,                      エウリッラが一緒にいて、
che lui guidava, in apparenza cieco.            ヤツの目が見えないかのように案内していた。

<Aria>                            <アリア>
Comminando lei pian piano,                 静かに静かに歩きながら
col frugnolo acceso in mano,                火のついた松明で照らして
finalmente mi scuoprì.                    エウリッラはとうとう俺を見つけた。
Disse allor: il semplicetto                   その時こう言ったのだ、
su quel picciolo rametto                   「見て、あのお馬鹿さんを、
egli dorme, vello lì.                       油断してこの小枝の上で眠ってるわ。」
                                 静かに静かに・・・(ダ・カーポ)

<Recitativo>                        <レチタティーヴォ>
Caricò, scaricò subito Amore,              キューピッドは粘土の弾を装填し即座にぶっ放した、
e dove appunto il colpo avea diretto,          そして狙いどおり、
mi colpi sotto il petto.                   俺の胸の下に命中させた。
In terra io caddi allora,                   俺は地面に墜落した、
più per timor smarrito                   撃たれた傷の痛みよりも
che per esser ferito.                    驚きで気が遠くなって。
Cercai di liberarmi                      俺はなんとかヤツらから脱出して
e da loro salvarmi,                      自由になろうとした、
ma sì presto ebbi addosso e lui e lei           だがヤツらは素早く俺を押さえつけたので
che fuggir non potrei.                    逃げられなかった。

<Aria>                           <アリア>
Rise Eurilla, rise Amore,                  エウリッラもキューピッドも笑いやがった
che di già mio vincitore                  俺がすでに勝利者の
mi teniva in servitù.                     奴隷になったかのように。
Ed io misero non spero,                   それで俺はと言えば、情けないことに、
or ch'io son lor prigioniero,                 もうヤツらの囚人になってしまっているのだが、
di goder pace mai più.                     もはや平和を見出す望みも持てないと来ている。
                                 エウリッラも・・・(ダ・カーポ)

<Recitativo>                       <レチタティーヴォ>
Fra tanto sono in gabbia,                 今や俺は鳥籠に入れられ
dove la notte e il giorno,                 夜も昼も一日中
io canto per amor,                     さえずっている、愛を込めて
ma più per rabbia.                      というよりも、怒りを込めて。


第1曲のレチタティーヴォ、第2曲のアリアのあたりでは、主人公である羊飼いの若者がキューピッドによって恋のとりこになる、という内容のいつものオハナシかと思わせます。
ところが第3、第4曲になると、少し変だなという感じになり、第5、6、7曲で種明かしがされ、この語り手は羊飼いの若者なんかではなく、小鳥くんだった、と判明するのです。

歌詞に鳥の種類は書かれていませんが、終曲レチタティーヴォのヤケクソで鳴いているような姿はクロウタドリを思わせます。この鳥は、ヨーロッパの田舎に行くと、ひっきりなしに「キロキロキロ・・・」とさえずっているのがよく聞こえてきます。
                 クロウタドリ
画像


この歌詞の作者の名前はわかっていないのですが、キューピッドの愛の矢に射抜かれて恋の虜になる、といったよくあるストーリーにあきあきして、「お前ら、ちょっとは違った歌詞を書けよ、こんな風に」と言ってこの歌詞を作ったのではないでしょうか。
「捕らえられる」、「自由の危機」、「囚人」、「鳥籠」などの言葉は、恋に陥る状態を比喩的に表現するためによく用いられます。
作者はそれを逆手にとり、比喩的表現と思わせておいて、実は文字どおりの意味で使っているので、うっかりするとだまされてしまいます。
CDブックレットの解説者にもだまされている人がいて、「a shepherd tells how he has been deceived by Cupid and the nymph Eerilla・・・・(羊飼いの男が、どんな風にキューピッドとニンフのエウリッラに惑わされたか、を話している・・・)」などと書いています。この解説者はきっと忙しくて細かく吟味する時間がなく、初めのところだけを見て、ああシェファードだな、と思ってしまったのですかね。意味ありげにニンフのエウリッラなんかが登場するので、よけい引っ掛かりやすいのです。まあ最終的には、若い男性になぞらえていることになるのですが、直接の対象は小鳥なのです。。
しかしこの歌詞、ストーリー性もあっておもしろく、作者のセンスはなかなかのものだと思いました。

第3曲のレチタティーヴォで、「弓を投石器に(持ち替え)」とあります。この投石器(balestra)とは本来地面に固定してある大きな兵器で、簡単に持ち運びできるものではありません。キューピッドはミニサイズのポータブル型を作らせたのでしょう。
スリングショット(ぱちんこorゴムチュウ)のようなものかとも考えましたが、18世紀前半ではゴムをひも状に加工してその弾性を利用できるようにする技術はまだありませんね。
英訳では「crossbow」となっていますが、クロスボウは弓と同様矢を射る武器なので、粘土を丸めた弾を撃つのは無理だと思います。

同じレチタティーヴォに「イメネオの松明」という言葉が出てきます。イメネオ(Imeneo、英語ではHymen)とはギリシャ神話の結婚の神様です。
この神様は若い男性で、いつも赤ないしは紫のヴェスト(上着?)を身につけ、燃える松明を持っています。
オラトリオ「セメレ」HWV58でも、セメレと結婚したいアタマスが「ハイメン様、早く松明を用意してください・・・」などと頼んでいます(「セメレ」と言えば、オペ対の翻訳作業が長く中断しているのは残念です)。
またオペラで「イメネオ」HWV41もありますね。

イタリアの画家 Il SODOMA(1477−1549)の作品「Wedding of Alexander and Roxane」
画像

中央で場を仕切っているのがイメネオ(ハイメン)です。身振りで指示しなければならないので、松明はアレキサンダー(アレッサンドロ)の介添えをしている部下に持たせています。右の裸体の男性がアレッサンドロ、左の薄物をまとった女性がロッサーネでしょう。
「先に新婦がベッドへ入り、その後すぐ新郎が続きなさい、ベッドのカーテンは閉めておくように」などと言っているのでしょうか。


参照したCDはつぎのものです。
1.ヨッヘン・コヴァルスキ(カウンターテノール)、ベルリン古楽アカデミー
 「ITALIAN SOLO CANTATAS」カプリッチョ10 323(1988)

2.アンドレア・ショル(カウンターテノール)、イル・テアトロ・アルモニコ
 「CANTATES ROMAINES U」アコール204212(1993)

3.ポール‐アンドレ・ニロー(メゾソプラノ)、ジャン・ニロー(カウンターテノール)、イル・パルナッソ・コンフーソ
 「CANTATE e DUETTI」 BNL112859(1994)

4.イサベル・プールナール(ソプラノ)、イル・ディヴェルティメント
 「HAENDEL CANTATE & DUETTI」 アストレE 8577(1995)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
オチが付いているというか、意外性があって面白い歌詞ですね。
子供の頃ジュウシマツやセキセイインコを飼っていましたが、本来自由に空を飛び回る鳥を狭い鳥籠に入れるって、鳥の立場(笑)に立って考えたら本当に辛いもんだと、この歌詞を読んで思いました。
日本では黒い鳥と言えばカラスですが、写真のクロウタドリは目がパッチリで、くちばしが少し赤くて可愛いですね。
ヨーロッパでは普通の鳥なのですね。
セメレの件ですが、訳に登場なさってない2名の方には以前やんわり催促したのですが・・・もう一度確認してみますね。
REIKO
URL
2011/12/09 00:37
REIKOさん
オーバーに言うと最後にドンデン返しがあるわけですが、めずらしい歌詞だと思いますね。
私も昔ブンチョウを飼っていたことがあります。それはそれで可愛いですが、鳥はやはり野鳥というか自然の姿を見るのがいいですね。
全身真っ黒なカラスは嫌われ者ですが、くちばしと目もとだけでも黒くなければ、こんなに嫌われなかったでしょうに。

「セメレ」については余計なことを書いてしまって申しわけありません。無理なさらないでください。
koh da saitama
2011/12/09 20:05

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