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zoom RSS 「恋の苦悩と闘うことから」

<<   作成日時 : 2011/11/11 18:12   >>

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今回取り上げる作品は、数少ないバス・ソロカンタータのうちのひとつです。

「恋の苦悩と闘うことから」(Dalla guerra amorosa)HWV102a

6月18日の「アフリカの森」の記事で、バスが登場するカンタータを列記して「全部で13作品ある」という意味のことを書きましたが、実はひとつ抜かしていました。ソロカンタータのHWV165(Spande ancor il mio dispetto)です。従って計14作品で、うちソロカンタータは5作品になります。
この機会にお詫びして訂正します。

さて、この作品HWV102aはイタリア時代の1709年以前に作曲された、ということですが、作詞者の名は不明です。
レチタティーヴォ→アリア→レチタティーヴォ→アリオーソ→アリア の5曲で構成されていて、通奏低音のみで伴奏される、コンティヌオ・カンタータと呼ばれるものです。
演奏時間は、手許のCDでは8分47秒で、約9分というところでしょうか。
102bとしてソプラノ用の第2稿もあるようですが、これはまだ聴いたことがありません。

歌詞の意味は次のようなものです。

<レチタティーヴォ>
恋の苦悩と闘うことから
もう逃げたらいい、そう逃げてしまおう、
分別がそうしなさいと告げるように。
恋愛で退却することは不名誉なものではない、
苦しい恋から逃れることによってだけ
再びこころが平穏になるのだから。

<アリア>
黒い瞳にだまされてはいけないよ、
それが同情を求めて
誘うようなまなざしをしていても。
 弓矢を持ったキューピッドが
 仕返ししようと
 そこで密かに待っているからだ。
黒い瞳に・・・(ダ・カーポ)

<レチタティーヴォ>
逃げたらいい、どうしても逃げてしまおう!
ああ、キューピッドの考えがどれほど毒をまきちらしているか。
ああ、彼はどれだけ嘆きや悲しみをもたらしていることか、
意のままになった人に対して。
一度恋によって打ちのめされて
私の心にはよくわかるようになった、
楽しいことはすぐに消え去り、
不愉快なうちに終ってしまうということが。

<アリオーソ>
美しいということは花のようなもの。
それは朝には生き生きとしてきれいだ、
春の晴れた朝には。
しかし、夕方には萎れ、死ぬ、
色褪せ、もはや同じものとは思えないような姿で。

<アリア>
逃げたらいい、本当にもう逃げてしまおう!
ああ、キューピッドの僕(しもべ)となったものは
牢獄につながれてしまう。
そんな恋は曰くつきの喜びでしかなく
苦痛は避けられないぞ!


この作品のタイトル(インチピト)「Dalla guerra amorosa」は「愛の戦いから」と訳されることが一般的です。わたしも「アフリカの森」の記事でバスのカンタータを列記したとき、タイトルはその訳を使ってしまいました。
こう訳されたタイトルの中の「愛の戦い」とは、「ひとりをめぐって複数の恋人が争うこと」のように受け取られ勝ちです。わたしもそのように思っていました。ところが歌詞の内容を見て行くとそうではなく、実際は「恋愛することによって生じる諸々の苦しい感情と闘うこと」だったのですね。
CDブックレットの英訳は「From love's torments」となっています。「恋の苦しみから」で、意味的にはそれで問題ないでしょう。わたしがしたような誤解を避けることもできます。ただ、原題で「guerra」という言葉が使われているので、それをなんとか生かしたいです。
「guerra」とは「戦争」とか、「たたかい」とかといった意味ですが、この歌詞での「たたかい」は、strategyでもtacticsでもなく、むしろcombatに近いものです。
これらのことを考え、ここでは「恋の苦悩と闘うことから」と表現しました。

主人公は「逃げよう」、「逃がしてくれ」、「逃げろ」などとさかんに言っていますが、本当に逃げられるのでしょうか。言うだけで実行は伴わないような気がします。
第4曲のアリオーソは、「美人も年を取ると・・・だから」というふうに自分で自分を納得させようとしているように見えます。
それにしてもこの歌詞、当ブログで最初に取り上げた「夜明けに微笑むあの花は」と内容が同じです。どこかに共通の原典があるのかもしれません。

恋から降りることなど簡単にできないから、キューピッドに責任転嫁したり恨んだりしているわけでしょうね。
まあ、キューピッドの方も下の絵のように、彼の仕事の準備を怠っていないのですが。

イタリアの画家、PARMIGIANINO(1503−1540)の「Cupid」。木を削って弓を作っているところ。前でつかみ合いあいしている悪ガキ風のふたりはキューピッドの弟分か。
画像


こちらはフランスの画家、Charles-Joseph NATOIRE(1700−1777)の作品「Cupid Sharpening an Arrow」です。砥石を回転させ上から水を注いで、本格的にやっています。
画像



参照したCDは次のものです。
ジョン・オステンドーフ(バス)、通奏低音:ロレッタ・オサリヴァン(チェロ)、エリック・ミルンズ(チェンバロ)
「HANDEL IN ITALY」ニューポート・クラシックNCD60043(1988)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
日本人はほとんど髪や瞳が黒か焦げ茶なので、金髪や青い瞳などに憧れますが、西洋では逆に黒い髪や瞳が魅力的なものとして表現されていることがあり、このカンタータもそうですね。
「私の黒い瞳でもガイジンさんが落とせるのか!?」などとくだらぬ想像(妄想?)をしてしまいます。
キューピッドの絵は、ひょっとしてどちらも女性をモデルに代用して描いたのか、腰のあたりがふっくらして、女性的体型ですね。
REIKO
URL
2011/11/13 19:22
REIKOさん
>西洋では逆に黒い髪や瞳が魅力的
エキゾティックな魅力というこということでしょうか。西洋の女性も黒い瞳や黒い髪の男性に憧れるのかな。もしそうだとしたら、わたしの黒い瞳と黒い髪(半分白いですが)に憧れてくれるひとも・・・あ、いないですね。

>キューピッドの絵
わたしもそう感じていました。お腹がややふくらんでいる感じで、少年の体型ではありませんね。
koh da saitama
2011/11/13 20:17

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